2009年1月9日金曜日

【地域】川端方面に散策

1月6日は、自転車でプチ大森散策をしてきました。


浜辺橋のたもとでは、ユリカモメとオナガガモがくつろいでいました。
8日には、この付近でチョウゲンボウがユリカモメと対決していました。他の人の話によると、チョウゲンボウ1匹vsユリカモメ大群で、ユリカモメに軍配が上がったそうです。


まだお正月のふるはまは、静かでした。


ふるはまの南側の門を出ると、貴船掘の横を通ります。澪は船溜まりになっています。かつては、ここから多くの海苔船が出て行きました。
この辺を歩いていると、よく元海苔生産者の方に会うんです。


澪の先は、今は貴船掘緑地になっています。元々は堀だったところなので、細長くて緑道のような感じです。

すぐに、中富小学校の裏に出ます。かつては、海苔生産者の子供たちが多く通った学校です。海苔の展示室があって、見学することもできます。
ここの学校では、毎年全校生徒が海苔つけ体験の授業をするそうです。


その先には、とても目立つアパート。
トタンをカラフルにペイントしているのでした。
海苔の生産が終わった後は、干し場にアパートを建てる家が多かったそうです。トタン製のアパートは、その当時の建築だとか。


やや進んで、今度は呑川緑地です。こちらも、海苔の生産が行われていた頃は、海苔の船が多く溜まっていたそうです。
この緑地の周辺には、アパートや町工場が多くあります。これも、海苔生産が終わった後の名残のようです。


途中で産業道路に川下橋が架かっています。下には、呑川緑地。


産業道路の先も呑川緑地が続いていますが、梅屋敷東通り商店街の方へ行ってみました。すぐに、海苔問屋もありました。


この辺は、梅屋敷の駅からもすぐ近くです。安い八百屋さんがいくつもあって、心惹かれます。


焼き鳥屋さんもありました。


帰りは、三輪厳嶋神社に寄ってお参りをしてきました。義経伝説を起源として、大森の海苔の起源の伝説もある神社です。


この辺の川端地区は、海苔生産者が多くいたところです。寄進した灯篭がありました。


またふるはまに戻ってくると、ぽかぽか陽気の中、犬とおじさんが散歩の途中でのんびりしていました。その先には、海苔の柵が見えていました。

0 コメント:

  • Copyright 2008 MAKO, All Rights Reserved.